冬に触れる、やさしい季語たち
冬には、
年の終わりや始まりを意識させる
さまざまな行事があります。
柚子湯や七五三、神迎など、
暮らしと信仰が重なり合う言葉は、
俳句では冬の行事季語として
詠まれてきました。
本記事では、
有名俳人の句とともに、
冬の行事季語十二選を
やさしく紹介します。
冬の行事季語12選vol.1
季語『十夜』
『十夜』の意味
十夜とは、
浄土宗を中心に行われる仏教行事で、
十日十夜にわたり念仏を
唱える法要を指します。
旧暦十月から十一月にかけて営まれ、
秋から冬へ移る頃の行事として
季語では冬に分類されます。
静かな祈りの時間が、
季節の深まりを
感じさせる行事季語です。
『十夜』のコラム
十夜の法要は、
念仏を唱えることで極楽往生を願う
穏やかな信仰の行事です。
夜ごとに灯る堂内の明かりや、
読経の声が響く寺の空気には、
冬を迎える前の
静かな厳かさがあります。
俳句では、祈り・灯・
夜の冷えなどと結びつき、
心を鎮める季節感を
表す題材として詠まれます。
『十夜』の例句をご紹介

俳句:野の道や 十夜戻りの 小提灯
読み:ののみちや じゅうやもどりの こちょうちん
俳人名:正岡子規(まさおか しき)
→ことばあそびの詩唄で子規の句をもっと
要約:十夜の法要を終え、
小さな提灯を手に野道を
帰る人の姿を描いた句。
闇の中に揺れる灯りが、
祈りの余韻と冬の夜の静けさを照らし、
子規らしい写生の温もりが感じられます。
季語『酉の市』
『酉の市』の意味
酉の市とは、
十一月の酉の日に行われる縁日で、
商売繁盛や開運を願う行事です。
鷲神社や大鳥神社などで立ち、
熊手を買い求める風習で知られます。
夜遅くまで賑わう市の様子が、
晩秋から冬へ移る季節感を伝え、
俳句では冬の行事季語
として扱われます。
『酉の市』のコラム
酉の市は、
威勢のよい掛け声や
提灯の灯りが印象的な行事です。
境内に並ぶ熊手には、
福や運をかき集める願いが
込められています。
夜気の冷たさと
人々の熱気が交差し、
冬の始まりを告げる賑わいとして
俳句でも活気ある情景が
詠まれてきました。
『酉の市』の例句をご紹介

俳句:風おろし くる青空や 一の酉
読み:かぜおろし くるあおぞらや いちのとり
俳人名:石田波郷(いしだ はきょう)
→ことばあそびの詩唄で波郷の句をもっと
要約:冷たい風が吹き下ろす中、
澄みきった青空のもとで
迎える一の酉の情景。
冬の始まりを告げる空気の張りと、
行事の晴れやかさが重なり、
波郷らしい鋭く清新な季節感が
際立つ一句です。
季語『クリスマス』
『クリスマス』の意味
クリスマスは、
十二月二十五日に祝われる
キリスト降誕を記念する行事です。
日本では前夜の
クリスマスイブも含め、
街や家庭が飾りや灯りで彩られます。
祈りと祝祭が交わる日として、
冬の行事季語に分類されます。
『クリスマス』のコラム
冬至を過ぎ、
夜が長く感じられる時期に
訪れるクリスマスは、
灯りの温もりが際立つ行事です。
聖歌や飾り、静かな夜気が、
人の心をやわらかく包みます。
俳句では、光と静けさ、
家族や祈りの気配を映す題材として
多く詠まれてきました。
『クリスマス』の例句をご紹介

俳句:クリスマス 近づく雪の こよひまた
読み:くりすます ちかづくゆきの こよひま
俳人名:山口青邨(やまぐち せいそん)
→ことばあそびの詩唄で青邨の句をもっと
要約:クリスマスを前に、
今夜もまた雪が近づいてくる気配を
感じる情景。
静かに迫る雪と
祝祭の日への期待が重なり、
冬の夜の澄んだ空気と心の高まりが
青邨らしい落ち着いた調べで
表現されています。
季語『札納』
『札納』の意味
札納とは、
一年間まつってきた神社や寺の
御札・御守を年の終わりに
納め返す行為を指します。
多くは年末から年始にかけて行われ、
感謝と区切りの意味を持つ行事です。
新しい年を迎える準備として、
静かな心持ちを促す
冬の行事季語です。
『札納』のコラム
札納は、
一年の無事を振り返り、
神仏との縁をいったん結ぶ
所作でもあります。
社寺に設けられた
納札所に札を収めると、
年の終わりが近いことを実感します。
俳句では、年末の静けさや
心を整える気配と結びつき、
慎ましい冬の情緒を表す
題材として詠まれます。
『札納』の例句をご紹介

俳句:守り札 古きはへがれ 給ひけり
読み:まもりふだ ふるきはへがれ たまひけり
俳人名:小林一茶(こばやし いっさ)
→ことばあそびの詩唄で一茶の句をもっと
要約:長く身につけてきた守り札が古くなり、
はがれてしまったことを
素直に詠んだ一句。
年の終わりに感じる
時間の積み重なりと人の弱さ、
それでも神仏に向ける一茶らしい
親しみ深い心情がにじみます。
季語『寒詣』
『寒詣』の意味
寒詣とは、
一年で最も寒い時期に、
神社や寺へ参詣することを指します。
凛とした冷気の中で手を合わせ、
日々の無事や心の安らぎを願います。
人影の少ない境内や、
白い息の立つ朝の空気が、
冬ならではの静けさを伝える
行事季語です。
『寒詣』のコラム
寒詣は、
人影の少ない早朝や
夜明けに行われることが多く、
凍てつく空気が心を引き締めます。
吐く息の白さや、
石段に残る霜の感触が印象的です。
俳句では、寒さと
信仰心が重なり合うことで、
身を削るような静かな決意や
精神の清澄さを
表す題材として詠まれてきました。
『寒詣』の例句をご紹介

俳句:背低きは 女なるべし 寒詣
読み:せひくきは おんななるべし かんまいり
俳人名:高浜虚子(たかはま きょし)
→ことばあそびの詩唄で虚子の句をもっと
要約:寒詣の参道を進む人影の中に、
背の低い姿を見て
女性だろうと想像する一句。
顔も名も分からぬ相手を、
所作と気配だけで
捉える写生が効いており、
寒さの中の静かな信仰心と
虚子らしい観察眼が感じられます。
季語『寒行』
『寒行』の意味
寒行とは、
一年で最も寒い時期に行う
修行の総称です。
読経や水行、托鉢などを通して
心身を鍛え、信仰を深めます。
厳しい寒さに身を置くことで、
己を省みる意味があり、
冬の厳粛さを
象徴する行事季語です。
『寒行』のコラム
寒行は、
静かな早朝や夜明けに
行われることが多く、
白い息と冷気が修行の場を包みます。
人の少ない街を進む僧の姿には、
世俗を離れた緊張感があります。
俳句では、寒さそのものよりも、
耐える心や精神の集中を描くことで、
冬の深さを表す題材として
詠まれてきました。
『寒行』の例句をご紹介

俳句:細道に なり行く声や 寒念仏
読み:ほそみちに なりゆくこえや かんねんぶつ
俳人名:与謝蕪村(よさ ぶそん)
→ことばあそびの詩唄で蕪村の句をもっと
要約:寒中に唱えられる念仏の声が、
細い道の奥へと次第に
遠ざかっていく情景。
姿は見えず、声だけが残ることで、
冬の冷えと静けさ、
信仰の余韻が深まります。
音の消えゆく感覚を捉えた、
蕪村らしい叙情と絵画性のある一句です。
季語『神迎』
『神迎』の意味
神迎とは、
旧暦十月に出雲へ
集まっていた神々が、
月末に各地へ帰るのを
迎える行事を指します。
地方によっては、
家々や里で神を
迎え入れる形で行われ、
年迎えの準備とも結びつきます。
出雲の神迎神事を背景に生まれた、
冬の行事季語です。
『神迎』のコラム
出雲では、
稲佐の浜で全国の神々を迎える
神迎神事が行われます。
一方、各地では
出雲に赴いていた神々を
迎え返す行事として
神迎が意識されてきました。
目に見えぬ神を迎える所作は、
冬の闇と静けさの中で
祈りの気配を深めます。
俳句では、迎える心の慎ましさや
年の境目の空気を映す
題材となります。
『神迎』の例句をご紹介

俳句:水浴びて 並ぶ烏や 神迎へ
読み:みずあびて ならぶからすや かみむかえ
俳人名:小林一茶(こばやし いっさ)
→ことばあそびの詩唄で一茶の句をもっと
要約:神迎の日、
水浴びを終えて
並ぶ烏の姿を捉えた句。
人の行事と
自然の生き物の動きが重なり、
神を迎える場の清めと静けさが
さりげなく表現されています。
一茶らしい親しみと素朴さが、
行事の厳かさを
やわらげる一句です。
季語『亥の子』
『亥の子』の意味
亥の子とは、
旧暦十月の亥の日に行われる
行事を指します。
主に西日本で伝わり、
子どもたちが亥の子餅を食べたり、
地面を突いて豊作や
無病息災を祈ります。
収穫を終えた年を締めくくり、
冬の訪れを告げる行事季語です。
『亥の子』のコラム
亥の子の行事は、
田畑の神を慰め、
来年の実りを願う意味を持ちます。
子どもたちの声や、
地を打つ音が村に響き、
季節の区切りを知らせます。
俳句では、
農村の素朴な信仰や
子どもの姿を通して、
秋から冬へ移る気配を
表す題材として
詠まれてきました。
『亥の子』の例句をご紹介

俳句:故郷の 大根うまき 亥子かな
読み:ふるさとの だいこんうまき いのこかな
俳人名:正岡子規(まさおか しき)
→ことばあそびの詩唄で子規の句をもっと
要約:亥の子の日に食べる、
故郷の大根料理のおいしさを
詠んだ一句。
年中行事と食の記憶が結びつき、
土地の風土や
暮らしの温もりが伝わります。
子規らしい写生と実感が、
素朴な喜びとして冬の入口を
照らしています。
季語『七五三』
『七五三』の意味
七五三とは、
三歳・五歳・七歳の子どもの
成長を祝い、
神社に参詣する行事です。
現在は十一月十五日に
行われることが多く、
子どもの無事な成長を
神に感謝し祈願します。
秋から冬へ移る時期の行事として、
冬の行事季語に分類されます。
『七五三』のコラム
晴れ着をまとった子どもと家族が、
境内を歩く姿が印象的な七五三。
落ち葉の舞う参道や、
冷え始めた空気の中で、
祝いと季節の移ろいが重なります。
俳句では、
子どもの成長とともに、
親のまなざしや
時の流れを感じさせる題材として
多く詠まれてきました。
『七五三』の例句をご紹介

俳句:七五三 詣り合はして 紋同じ
読み:しちごさん まゐりあはして もんおなじ
俳人名:高浜虚子(たかはま きょし)
→ことばあそびの詩唄で虚子の句をもっと
要約:七五三詣でで出会った二組の子どもが、
同じ家紋の着物を
着ていることに気づいた一句。
家柄や土地のつながりが自然に伝わり、
子どもの祝いと
共同体の気配が重なります。
虚子らしい客観写生が、
行事の賑わいと温もりを
静かに描いています。
季語『世田谷襤褸市』
『世田谷襤褸市』の意味
世田谷襤褸市とは、
東京都世田谷区世田谷一丁目の
ボロ市通り周辺で開かれる市です。
十二月十五・十六日と
一月十五・十六日の四日間に立ち、
古着や骨董、日用品が並びます。
年の瀬の風物詩として親しまれる
冬の行事季語です。
『世田谷襤褸市』のコラム
会場の中心は、
世田谷代官屋敷の周辺を通る
ボロ市通りです。
冷たい空気の中、
露店の声や人の熱気が交わり、
冬の始まりと
年末の活気が重なります。
俳句では、市の賑わいに
冬の寒さや時代の匂いを添えて
描く題材として映えます。
『世田谷襤褸市』の例句をご紹介

俳句:襤褸市や 曇りて雨の 甲斐秩父
読み:ぼろいちや くもりてあめの かいちちぶ
俳人名:尾崎紅葉(おざき こうよう)
要約:襤褸市の立つ日に、
曇り空から雨へと移る甲斐・秩父の
天候を詠んだ一句。
市の賑わいとは対照的な、
重く沈んだ空模様が印象を深めます。
行事と自然の気配を重ね、
年の瀬に漂う物憂さと
土地の広がりを感じさせる、
紅葉らしい写実的な句です。
季語『柚子湯』
『柚子湯』の意味
柚子湯とは、
冬至の日に柚子を
浮かべて入る風呂を指します。
香りによって体を温め、
風邪を防ぎ無病息災を
願う習わしです。
江戸時代から広まり、
家庭の年中行事として
親しまれてきました。
冬至と結びつく、
代表的な冬の行事季語です。
『柚子湯』のコラム
柚子の強い香りは、
冷え切った体と心をほぐします。
湯気の中に漂う柑橘の香は、
一年の折り返しを越えたことを
静かに知らせます。
俳句では、
湯の温もりや家の気配を通して、
冬至の安らぎや
暮らしのぬくもりを表す題材として
詠まれてきました。
『柚子湯』の例句をご紹介

俳句:今日はしも 柚湯なりける 旅の宿
読み:きょうはしも ゆずゆなりける たびのやど
俳人名:高浜虚子(たかはま きょし)
→ことばあそびの詩唄で虚子の句をもっと
要約:旅先の宿で、
ちょうど冬至の柚子湯に入ることが
できた喜びを詠んだ一句。
冷え込む一日の終わりに、
柚子の香りが旅人の身を温めます。
行事の偶然と宿の心づかいが重なり、
虚子らしい平明な写生の中に、
ほっとする安らぎが感じられます。
季語『聖夜』
『聖夜』の意味
聖夜とは、
キリストの降誕を祝う
クリスマスイブの夜を指します。
十二月二十四日の夜にあたり、
祈りや聖歌、
灯りと結びつく言葉です。
静けさと祝祭が
同時に訪れる夜として、
冬の行事季語に用いられます。
『聖夜』のコラム
冬の澄んだ空気の中で迎える聖夜は、
街の灯りや星の光が際立ちます。
賑わいの裏に、
祈りと静寂が流れるのが特徴です。
俳句では、
雪、星、灯りなどと結びつき、
宗教色だけでなく、
冬の夜の清らかさや
心の澄みゆく感覚を表す題材として
親しまれてきました。
『聖夜』の例句をご紹介

俳句:北辺の 聖夜にあへる 樹氷かな
読み:ほくへんの せいやにあへる じゅひょうかな
俳人名:飯田蛇笏(いいだ だこつ)
→ことばあそびの詩唄で蛇笏の句をもっと
要約:北国の果てで迎えた聖夜に、
静かに立ち現れる樹氷の姿を詠んだ一句。
人の祝祭と自然の厳しさが重なり、
澄みきった冬の夜の神聖さが際立ちます。
蛇笏らしい重厚な自然観が、
宗教的な言葉と結びつき、
静かな感動を生んでいます。
まとめ
冬の行事季語には、
年の終わりや
新しい始まりに寄り添う
人々の祈りや
暮らしが映されています。
神社や寺への参詣、
家で行う習わしや
市の賑わいなど、
静けさと温もりが重なります。
俳句を通して、
冬の日々に息づく行事の情緒を
味わってみてください。
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